砂川恵理歌 オフィシャルウェブサイト

2009.4.27(月) №13
おもと会 とよみの杜

今回は沖縄県豊見城市の丘の上にある、とっても見晴らしのいい介護老人福祉施設
おもと会「とよみの杜」へ訪問させて頂きました。
ご協力を頂きました、スタッフの皆様、心から感謝いたします。
ありがとうございました。
今回の訪問は、私に大事な出会いの場を与えてくださいました。










1階の大きなガラス張りのエントランスで、入所されてる方・デイケア,
デイサービスを利用されている方、
そして職員の皆様約100人の方へ「一粒の種」を聞いて頂き、沖縄の歌も一緒に歌い
とても楽しい時間を 過ごさせていただきました。

ライブが30分ほど過ぎ、そろそろおひらきの挨拶をしていると
一人の車椅子の女性の方が手を挙げて
「私に時間を1分時間を下さい!マイクを貸してくれませんか?」
とおっしゃいました。
私がマイクを手渡すと、こう話されました。

『私は半身麻痺で自分がここに居ることがどうしても受け入れられませんでした。
だけど、今日この歌を聴いて自分にはまだ残されている物が沢山ある。
目もあるし、耳もあるし、口もきけるし、頭もある。残された物を使おうと思った。
私のかたーく凝り固まった胸に種が届きました。
私に生きる意味を教えてくれてありがとう』

私は何度も頷きながら女性の言葉を一つひとつ一番近くで聞かせて頂きました。
この震える感動と衝撃に涙を抑えることができず、「こちらこそ、ありがとうございます。」
とお伝えするのが精一杯でした。

沢山の方々が集まっている場所で、涙しながら必死に身振り手振りで一生懸命伝えて下さるその姿、そして言葉の重さにただただ心が震えました。
  Smile Seed Projectを重ねて、この出来事以降、私自身の中で「一粒の種」という
曲の大きさと存在の意義が大きく変わりました。
宮古島の諸先輩方から私が受け継いだ、ガンで亡くなられた方の遺言をもとにしてできた
「一粒の種」は逝く人から残される者へのメッセージですが、それだけではないものを、この日はっきりと感じました。
それは、すべての人の胸にある、大事な大事な宝物―大切な人だったり、思い出だったり、、、
それは、もちろん人それぞれとは思いますがその「大切な何か」それこそが一粒の種でもある、
ということです。

  うたとして一粒の種を届けるということは、その種に光や水をあげること。
日常の生活のなかで忘れてしまっていたことを立ち止まって気づいていただけるようなその役割を、
中島正人さん、高橋尚子さん、下地勇さんから受け取ったのかな、と感じている今日この頃です。
 
この女性にとっての「一粒の種」は、今生きていることであり、明日がまたある
と思えたことなのかもしれないです。
そして「歌い手としてこの曲を一人一人に丁寧に届けていくこと」それこそが
歌手砂川恵理歌にとっての一粒の種でもあるのだと。
健康な30代の私には、まだまだ理解ができていないことも多いのかも知れません。
でもあえて、そう言って歌っていきたいと思いをあらたにいたしました。

  生きることを教えてくれてありがとう

とても身に余るお言葉を頂戴しましたが、私のほうこそが、とっても大きなものをいただいた経験でした。

また気持ちをあらたに「一粒の種」と歩んで行こうと思った一日でした。










では、また次回のSmile Seed Project まで。